2020-01-15(第2回)初期コンテンツ回顧

日記と療養記録が、弊サイト初期の主たるコンテンツでありました。

療養記録は思うところが有り、一時期取り下げ(公開停止し)ました。あるイベントを機に加筆修正した記事を再掲載しています。

一方で日記コンテンツは、「@nifty」の日記サービス終了前に、ブログ(ココログ)へと切替えています。2020年1月現在、「さくらのブログ」へとさらに乗り換えています。つごう3つのサービスを利用しました(しています)が、コンテンツとしては最長のものとなっています。

サイトらしさを求めて鉄道オタクぶりを出し始めたのは、サイト開設から2ヶ月ほど経過した11月からでした。それもオリジナルコンテンツではありません。鉄道ファンとしての深さ(はまり具合)を診断するスクリプトの結果を載せただけ。コンテンツ分類も、「たわむれ」と称するところに、飲食物の写真もあわせて載せている混沌具合。

サイト初期の「とにかく表現したいけど実力が無い!」という思いと焦りとが見て取れます。自分語りに徹底執着するのは今も同じながら、「おそと」の情報が圧倒的に不足していました。言い訳ですが、当時は療養生活中の独居引きこもり。自分自身の半径50センチのところにある情報すらまともにまとめてはおりませんでした。

カウンターは1日10回るくらい。その大半は高校時代からの恩師盟友。承認欲求のためのサイトだと見ると、まあ成功した部類でしょう。

掲示板も、よくあるレンタル掲示板を使っていました。ネットを利用できること自体、喜びや楽しみでもあった感が、プロフィールページ下部にリンクを貼った、当時のログから見えてくる気がします。

そんな2003年の思い出です。


追記;

サイト以外、当時のネットサービスとしては、某画像掲示板やmixiを利用する直前ぐらいだったかと思います。FLASH公開サイトやMIDI公開サイトを巡回もしていました。

なにせPHSをケーブルでパソコンにつないでネット利用していた頃。動画や高解像度の画像等は発信も拝見もほぼかないませんでした。

保存ファイルや日記等を振り返りますと、私がハンドルネームを複数使って色々と活動するようになるまで、記憶していたよりも短期間であったと気づかされます。

過疎サイトのこことは言え、某画像掲示板については、直接的に判明するかたちで書くべきではありません(よくたどると、すぐどなたにでもばれるのですが)。
それでも私のウェブ上のアイデンティティめいたものを振り返るのには、某画像掲示板はウェイトが大きすぎるので、無視せず今後ぼちぼちと記してまいります。

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